お知らせ

【校長室の窓】 汗なき社会は堕落なり

7月28日29日は、女子バスケットボール部の応援で福島を訪れました。1回戦は順当に勝ち上がりましたが、惜しくも2回戦で敗退。勝つチャンスはいくらでもありました。実力的には少し本校が上回っていたかもしれません。ただ、ちょっとしたミスや不運でゲームの流れをつかむことができず、押し切られてしまいました。残念。選手諸君の口惜しさを思うと、どう言葉をかけていいのやら・・・。言葉を失うとは、まさにこのことです。
さて、ご当地福島はかつての会津藩。そして、東日本大震災による福島第一原子力発電所事故から6年。故郷を失い避難生活を今なお続けておられる人も多く、復興は道半ば、いや緒に就いたばかりの状況です。一度は訪れ、この地を肌で感じなければと思っていました。
会津藩は、幕末時、京都守護職として朝廷の護衛にあたり権勢を振るうところでした。それが、薩摩藩、長州藩、土佐藩との政争に敗れ、鳥羽伏見の戦いでは賊軍とされてしまいます。『錦の御旗』(天皇(朝廷)の軍(官軍)の旗)を掲げる薩摩長州連合軍に、朝敵となった会津藩、幕府軍は打ち負かされます。幕府のため、朝廷のためにと身を粉にしていたにもかかわらずです。潮目が変わらなければ、会津藩が明治維新の立役者となるストーリーもあったかもしれません。
平成の世になっても、原発事故という新たな試練を福島に突きつける格好となりました。ここでも、福島は首都圏への電力供給という役割を担っていました。世のため人のため首都圏の人々のため、この地に原発を受け入れていたのです。神は何故に福島に試練を求めるのか。一度ならず二度までも。
野口英世を筆頭に、福島出身の方々は一様に志が高く気骨があります。また、愚直に努力することを惜しみません。あまり知られていませんが、社会教育の分野で尽力した蓮沼門三(はすぬま もんぞう1882~1980)という人がいます。その人の言葉に、「汗なき社会は堕落なり」があります。私の好きな言葉の一つです。
今回の女子バスケットボール部の敗退。「もっと汗をかきなさい」と神様から言われたと受け止めるしかありません。ウインターカップでの雪辱を期待します。

【校長室の窓】 老舗企業

終業式での話の続きです。
 ”売り家(うりいえ)と唐様(からよう)で書く三代目”
江戸時代の川柳です。初代が苦心して財産を残しても、三代目にもなると没落してついには家を売りに出すことを言っています。生まれながらにして金持ち。甘やかされて育てられ、苦労などつゆ知らず。おまけに、遊芸にふけって商いの道をないがしろにした顛末(てんまつ)を皮肉っています。遊芸で培った文化的な素養(唐様という中国風のオシャレな書体)が余計に哀れさを感じさせます。
しかし、日本には創業が江戸時代以前という老舗企業がたくさんあることも事実です。韓国銀行の報告(2008年世界41カ国を対象に調査)によると、創業200年以上の会社は5,586社あるそうです。その中で、断トツの一位が日本。なんと、3,146社が日本企業でした。ちなみに、第二位がドイツ873社、第三位がオランダ222社です。創業年の古い順では、第一位578年金剛組(寺社建築 大阪)、第二位587年池坊(華道 京都)、第三位705年西山温泉慶雲館(旅館 山梨)で上位独占という状況です。また、東京商工リサーチがまとめた全国「老舗企業」調査によると、2017年に創業100年以上となる国内企業は33,069社に達するようです。これは前回調査(2012年)に比べ5,628社増えており、日本企業の逞(たくまし)しさが伺われます。実は、今年創業100周年を迎え、老舗企業の仲間入りをした企業が松江市内にあります。和幸グループです。本校卒業生会「振商会」とはとても縁のある企業でもあります(おめでとうございます)。
ところで、なぜ日本にはこれほど老舗企業が多いのでしょうか。一言で言えば、不易(変わらないもの)と流行(変わるもの変えるもの)のバランスを保ってきた企業が多いということです。
不易については、「暖簾」という日本特有の言葉に代表されます。日本人は勤勉に「暖簾に磨き」をかけてきました。そこには、”家”という日本特有の文化が通底しています。暖簾の何たるかは家訓(現代的には社訓、社是)から読み解くことができます。老舗企業は企業倫理の集大成として独自の家訓を作り上げています。その家訓に共通して見られるのが「顧客本位」という姿勢です。企業人は、「客」と呼び捨てにすることはありません。必ず「お客様」という表現をします。場合によっては、「お客様は神様」とまで言う場合もあります。今風に言えば、「顧客ファースト」となるでしょう。この姿勢を守り続けた企業が老舗と言われる企業になっています。「暖簾」の英語訳はcredit(信用)となるでしょう。ただ、”信用”ではあるのですが、何となくもう一味付け加えたくなります。日本特有の精神風土に基づく売り手買い手間の”信頼関係”が含まれているように思われます。
一方、”流行”とは時代の変化にうまく対応するということです。企業は流行(はやり)り廃(すた)りに敏感に対応し、時代が求める財やサービスを提供しなければなりません。技術革新は日進月歩、政治的な影響をも考慮しなければなりません。時代のその時々で、事業のモデルチェンジ、さらには事業そのものの見直しが求められます。日本の老舗企業は時代を見極め、生き残りのための最適な対応をしてきたということです。

商業研究部 しまねエコライフサポートセンターの取材を受けました

商業研究部は、19日にしまねエコライフサポートセンターの取材を受けました。
地球温暖化防止活動の促進を目的にした広報誌「しまエコ」の発行にあたり、島根におけるエコ活動について、今後しまねエコライフサポートセンターの皆さんとともに取材をしていくことになりました。
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【校長室の窓】 一学期終業式 ”茹でガエル”

一学期もこの終業式をもって終了します。だからと言って、時が止まるわけではありません。我々は時の流れをなんとなく受け止めてしまい、”変化”に対して鈍感なところがあります。あえて、時の流れに節目をつけて(竹の節の如く)、時の流れを実感することが大切です。終業式もそこを狙っているものです。今日は、「”変化”に対して敏感であれ」という話をします。
“茹でガエル”という言葉を聞いたことがありますか。
「熱湯を満たした釜の中にカエルを入れるとすぐに飛び出すが、常温の水の中に入れて徐々に温めると水温の上昇に気が付かず死んでしまう」という話です。
実際には、変温動物のカエルといえども水温の上昇に耐えきれず激しく逃げまどうようですが、この喩えは人が社会の変化に鈍感であることへの警句として使われています。その”鈍感さ”は人の環境適応能力の成せる業でもありますが、”鈍感さ”の度が過ぎるのは如何なものでしょうか。
人は、少しずつ変化していくものには感覚が麻痺します。身近な例としては、クイズ番組、バラエティ番組等で出てくる画像の変化です。コンピュータ・グラフィックスのモーフィング技術を利用して、ある物体から別の物体へ徐々に変形していくので、なかなか変化に気づくことができません。この程度のことであれば笑って済ますことができますが、ビジネスの世界となるとそういう訳にはいきません。
この言葉は『茹でガエル理論』として、経営学の専門用語ともなっています。業績が悪化し、経営戦略の抜本的な見直しが迫られているにもかかわらず、「うちはこのやり方で伸びてきたのだから」と過去の栄光にすがり続ける経営トップ。そして、そのトップの失政に気づいているにもかかわらず、トップの叱責を怖れ保身に走り指摘しない役員たち。こうした光景はテレビのワンシーンというわけではなく、実際のビジネスの現場でも起こっていることです。もともと、人は誰でも「正常化の偏見」を持っており、異常な事態に直面していたとしても、「大したことにはならない」「自分は大丈夫だ」と思い込み、危険や脅威を軽んじる傾向があります。それ故、小さな変化に気が付かない。また、気が付いていたとしても変化を認めようとしない。場合によっては、変化の指摘を保身のため差し控え、結果として他に迎合する行為をとってしまうということです。
中国の故事に、
「人の後ろの方で芝居を見ている人があまりよく見えないので、前の人が手をたたけば自分もたたき、前の人が笑えば自分も笑う。ただ、みんなそうするから自分もする」(荘子)があります。
2千年も前から指摘されてきたことのようです。
変化に気づく目と変化を指摘する勇気を持たなければなりません。くれぐれも、”茹でガエル”になるなかれ。

1学期 表彰式、終業式を行いました

本日、1学期の表彰式を行いました。
表彰式では、部活動の表彰と情報処理試験合格者の表彰を行いました。
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また、全国大会に団体競技で出場する女子バスケットボール部、バドミントン部女子、コンピュータ部に対し、振商会 会長 山下様より激励をしていただきました。
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表彰式の後、1学期終業式を行いました。
終業式で校長先生より『1学期を振り返り、目標が達成できた人や悔しい思いをした人もいると思います。節目節目に振り返ることは大切ですので、1学期の終わりと言う節目で振り返り、考えてほしいと思います。1学期の始業式で、自ら改革をしなければならないと話をしました。変化に気付く心、気付いたら指摘する勇気を持ち続け、夏休みは様々なことに勇気を持ってチャレンジしてほしいと思います』とお話がありました。
 
始業式の後、ALTとして2年間本校で勤務いただいたラーラ先生の退任式を行いました。
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2年間、たいへんお世話になりました。ありがとうございました。

【校長室の窓】 幕末の志士たち

7月14日(金)には、中国・四国地区高等学校PTA連合会大会山口大会に参加させてもらいました。毎年のように出かけている本大会。昨年度は”黄門様御一行”を気取って水戸光圀公ゆかり地(光圀公の兄、松平頼重が養子として讃岐高松藩に迎えられている)である香川県高松市を周遊する旅でした。今年度は山口県下関市での開催。下関市と言えば、源平合戦の「壇ノ浦の戦い」、宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘したという「巌流島の戦い」が有名です。さらには、幕末の動乱期、”幕末の志士たち”が活躍した舞台でもあります。恒例のPTA会長さん、副会長さんとの珍道中。今年は誰が誰に扮して写真に収まるかを議論。外国船(1864年下関戦争、イギリス、フランス、オランダ、アメリカの連合艦隊との戦争)に大砲をぶっ放した”勇猛果敢”、時に向う見ずな高杉晋作はPTA会長でしょう。私は年長者ということで、高杉の師匠に当たる吉田松陰というところでしょうか?そして、副会長は長州藩ではないですが、”調整能力優れた”(薩長同盟の立役者として)坂本竜馬でしょう。どうしても、ここは”坂本”姓にこだわりたいところです。
関門海峡を眺め、砲台に触れると彼らの声が聞こえてきました(聞こえるような錯覚を覚えました)。
【高杉晋作】               【坂本竜馬】
高杉晋作 坂本竜馬
高杉は言います。「おもしろき こともなき世を おもしろく」。
どんな時でも自分の考え方次第だといっています。今の世にも当てはまります。世の中が面白くないと嘆くより、自らが面白く生きていく姿勢を貫きたいものです。
竜馬は言います。「日本の夜明けは近いぜよ! 今一度日本を洗濯致し候」。
大志をもって突き進む竜馬のような生き方をしたいものです。「夢なき者に成功なし」。まずは、大きな夢を持つことです。
松蔭は言います。「至誠にして動かざるものは未だ之れ有らざるなり」
誠を尽くせば人は動いてくれるもの。本校の校訓「誠実質素勤勉」、まさにそのものです。
関門海峡を眺め、幕末の志士たちの志(こころざし)を感じる旅となりました。
研究大会での講演は文科省初等中等教育局財務課長伊藤学司氏で、「これからの高等教育とPTAの役割」というテーマでお話しいただきました。役人の講演ですので少々堅苦しい話ではありましたが、未来の社会および教育の在り方に関する考察は示唆に富んだものでした。個人的に共感したのは、PTA活動についてです。PTA活動は、子供たちを支援するものであるとともに、大人たちが学ぶ場であるという指摘です。家庭、職場に続く第三の社会としてPTA活動を楽しんでもらいたいものです。
また、今年も本題(研究大会)の報告が少なくて恐縮です。

3年商業科課題研究 接客研究班 特別授業

3年商業科 課題研究「接客研究」班が株式会社丸三 遠藤隆宏さんから新入社員研修形式で、全力での声出しや返事、速く行動する指導を受けました。
授業最初と最後では、見違えるほどの声と行動姿勢となりました。
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【校長室の窓】 学校菜園その4 ~”人媒花”~

受粉方法により植物を分類すると、虫媒花、風媒花、鳥媒花、水媒花などがあるようです。虫、風、鳥を媒介するというのは理解できるのですが、水も媒介するというのは驚きです。そもそも、受粉とは雄花の花粉が雌花のめしべに到達することをいいます。種(しゅ)の保存あるいは果実を実らすために、受粉は絶対的な条件となっています。
スイカは虫媒花です。黄色く可愛らしい花が咲きます。一般的に虫媒花は、虫に目立つように花弁や香りを持ち、花粉はねばねばしています。もちろん、スイカも人の手を介することなく虫を媒介に自然受粉が行われます。ただ、気温が低い時や天気が悪い時には、虫の活動は期待できません。そこで、スイカの受粉を確実なものにするために、人間の手によって雄花を雌花に直接こすりつけたりします。しかも、朝10時までに行うのがポイントとなっています。これは、日が高くなると雄花が閉じてしまうからです。また、雄花の花粉が死滅するとの説もあります(若干、疑問?)。スイカは人工受粉、つまり人の手により受粉するとなれば、もはや虫媒花ではなく”人媒花”と言ってよいかもしれません。
スイカ花 スイカ実
人を花に例えて考えてみましょう。まさしく人間の世界は”人媒花”となります。人は人を媒介して成長し、夢の実現という大きな果実を実らせます。多くの人と出会い、そしてその”影響”を受けることは必至です。飛散する”影響”という名の”花粉”を取捨選択することも忘れてはなりません。
ちなみに、道尾秀介『光媒の花』(こちらは”光媒花”)の一節を紹介します。
  光ったり翳(かげ)ったりしながら動いているこの世界を、わたしもあの蝶のように、高い場所から見てみたい気がした。すべてが流れ、つながり合い、いつも新しいこの世界を。どんな景色が見られるだろう。泣いている人、笑っている人、唇を噛んでいる人、大きな声で叫んでいる人・・・誰かの手を強く握っていたり、何かを大切に抱えていたり、空を見上げていたり、地面を真っ直ぐに睨(にら)んでいたり。
人は”光”に導かれることもあります。その”光”も人が発するもの。ただ、簡単にはその存在に気が付かないのも事実です。

松商だんだんフェスタ 係別集会を行いました

12月2日(土)3日(日)に行う松商だんだんフェスタに向け、第1回係別集会を行いました。
係別集会では、自己紹介や、それぞれの係の役員の生徒が仕事内容や昨年の様子、注意事項などの説明を行いました。
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